PARENTS JOURNAL

カバンの中身も、家族のかたちも、二人で

「お前、なんに着替えとんじゃぁぁああおるあぁぁぁあ」

深夜、寝室に怒号が響いた。
我が家に赤ちゃんがやってきてから3週間後のことである。

新生児の母は激怒した。
必ず、かの能天気な夫を説得し、このプリティベビーの養育を自分と同じレベルの熱量で挑ませさせねばならぬと決意した。
夫は新生児の世話がわからぬ。夫は、新米の父親である。

コロナ陽性による強制帝王切開&7日間隔離&母子同室の24時間育児という怒涛の出産を経た妻(詳しくは拙著 『わっしょい!妊婦』 を読まれたし)をスマホの画面越しに応援し、会えない7日もの間、妻から送られてくる写真や動画を見ては 「カワイイ」とメロメロになり、来るべき退院に向けオムツ替えやミルク作りのイメトレを積んできた。

そのため、赤子の泣き声と妻の体調に対しては人一倍に敏感であった。
妻を気遣い、仕事を休み、夜中の赤ちゃんの面倒は全面的に僕が見るから君は寝ていて、と買って出た、たいへんに良い夫、良い父である。

それなのに。
なぜ、なぜ、なぜ私は今、こうして夫に激怒しているのか。
泣き叫ぶ娘の横で、のんびりと新しいパジャマに着替えている夫に対して。

「だって、Kちゃん(娘)の泣き声で目が覚めたら、寝汗でびっしょりだったんだもん。まずは俺が着替えてからミルクあげようと思って」

夫はのんびりと答えた。

「っしゃらぁ◯▲※☆×◎◆(怒りすぎてもはや人の言葉にならない)」

ほんの、1分である。
Kちゃんが泣き始めてからわずか1分である。

なぜ、こんなにもか弱くて可愛くて世界一素晴らしい存在が空腹に泣き叫んでいるにもかかわらず、その父であるお前はなぜそれを放置して自分の着替えに勤しんでんのじゃ!
泣いてたらまず、1秒でも早く泣きやませんかい!Kちゃんが可哀想じゃろが!

妊娠中から引き続き、出産後も私の気は著しく狂っていた。
自分がこれだけKちゃんの育児にコミットしているのだから、夫にも一ミリたりとて違わぬ熱量とテンションでKちゃんに関わってほしい、と思っていた。

こちとら腹の痛さと毎時毎分毎秒乳首をおろし金(1番目の粗いタイプ)ですりおろされるような激痛に耐えながら授乳して、 3時間ごとに起きて、もはや不快とかなんとかいう概念はとっくに超越してる、その状態が産んでからこっちずぅっとエンドレスで続いてるのに、 Kちゃんが人生の最優先事項なのは火を見るより明らかなのに、なんでお前、Kちゃんの不快より自分の不快を優先しとんねん、 お前の背中がびちょびちょだろうがカラカラだろうが、Kちゃんの幸せとは無関係だろうが!うるぁ!なめとんのか!

夫は「なんだよ、1分ぐらい良いだろ」とぶつくさ言いながらKちゃんを抱えてミルクを作りに行った。

皆さーん!この男は夜中に面倒を見ると言っておきながら、泣き始めたKちゃんを1分も放置して!パジャマを着替えていたんですよ!1分も!!

一体どっちが悪いと思いますか?!

ハイ、完全に悪いですね。私が。

「そらみゆきさん、夫さんが可哀想よ」

と、手伝いに来てくれた助産師のSちゃんは言った。

「あんな、みゆきさん。忘れたらあかんよ。
育児ってのは、先がながあぁぁぁぁぁぁいんやで。
生まれたばっかの時に飛ばしすぎたら、潰れてまう。
赤ちゃんが可愛いのはわかるけどさ、ちょっとは休んで、手をゆるめてあげなきゃ。
だいたいみゆきさん、私がせっかく手伝いに来て、ちょっと寝たら、っつっても『Kちゃんのことが心配で眠れない!』とかいって寝室から飛び出してくるやん。頭狂っとるよ。ちょっとは冷静になり」

Sちゃんに淡々と説教をされ、産後のガタガタの女性ホルモンで脳がやられていた私はようやく正気を取り戻した。

「あんなぁ、赤ちゃんってのは、ちょっと放置したくらいじゃ死なんのや。
そら半日とか放置したらダメやけども、ほんとにイライラして、メンタルがやばい時にはな、赤ちゃんが泣いてても、 10分くらいそばから離れて、別室に行って、お茶の一杯でも飲んで気持ちを落ち着かせてからゆっくり戻ったってええんやで。わかる?

何はともあれお母さんのメンタルが一番大事やけ、それ以外のことはな、全部後回しでええんよ」

そうでしょうね、と私は言った。

Kちゃんを守らねば、と必死のあまり、私は夫に、自分と同じ熱量、同じテンションでコミットしてほしい、 そうでなければお前は私の味方ではない、と無理難題を押し付けていたのである。今思えば完全に産後ハイであり、 「ガルガル期」もいいところだ。

babyと抱き合う

その考えが変わったのは、生後3ヶ月が経ち、Kちゃんを連れて外出した時だった。

あれ?赤ちゃんを連れて外出している男の人、案外多くない?

我が街は子育て世帯が多いからか、商店街は休日になると子連れで溢れかえる。
ベビーカーを一人押して買い物する男性、抱っこ紐に子どもを入れて単独で歩く男性も当たり前で、児童館にはパパと子どものペアもよく見かける。

そういえば三ヶ月検診でも、赤ちゃんを連れてきているパパがいたな。
もちろん、それ以上にママと子どものペアが多いのは間違いないのだが、こんなにも男の子連れが当たり前の世の中なのか、 ということが、子が産まれてからずっと家の中にこもりきりだった私には新鮮だった。

同時に、肩の荷が降りた気がした。

なーんだ、もう少し、力抜いて、最初から夫に頼る設計でやってもよかったんだ。

妊娠した途端に、産んでもいない相手から突然「ママ」と呼ばれる戸惑い。

パパママ学級に出れば、私だけ名前を聞かれ、夫はまるで添え物のような扱いであった(夫はオムツ替え練習に対し、その場の誰よりも意欲を見せていたにもかかわらず)。

パパママ学級のあとで配られたアンケートに答えようとすると「育児を手伝ってくれる人は近くにいますか?」
という項目の、最初の選択肢に「夫」と書いてあり、盛大にずっこけた。
壁にはイクメン応援のポスターがベッタベタに貼ってある中でこれに答えるの、きっついなと思いながら、「夫は育児の主体であって手伝いではない」と書いてつっかえした。

保育園が見つかるのだろうか、という不安、こんな私が果たして子を無事に育て上げられるのだろうか、という疑問。なんせ乳児の世話というのは24時間心配がつきまとう。

息をしてるかどうか、便秘をしても不安、下痢をしても不安、寝なすぎても寝過ぎても、泣いても泣かなくても不安。
それは私が元から不安神経症だから、という理由だけではあるまい。

子育てというのは24時間365日、未知との遭遇であり正解不正解のない迷路である。
それらを私は全部「自分だけの荷物」にして抱えていた。
妊娠中の「育児の主体はママ」という世間からのプレッシャーが、知らずのうちに私にそうさせていた。

けど、本当は夫に、私と同じだけの荷物を背負って欲しかった。
せめて気持ちの上では、おなじくらいだけ「育児」という荷物を一緒に背負って欲しかったのだ。

しばらくしたある日、私が沐浴中にうっかり手を滑らせて、赤子の頭からシャワーの水を思い切りかけてしまった。
石鹸水が赤子の口に流れ込み、赤子は激しくむせ、わんわん泣いた。
幸い数分後には落ち着いたが、情緒不安定な私は「ああなんと自分は母親失格なのだろう」と自責の念にかられた。
夫に電話をかけて報告すると、夫は一言
「そっかー。じゃあ、次のおならはシャボン玉だな!」
と言い放った。

あまりの呑気ぶりに脱力すると同時に、ああ、夫がこんな感じの人でよかった、とホッとした。
私と同じくらい神経症的であったらかなわない。
2人して初めての育児でパニックにならないように、神様は「割れ鍋に綴じ蓋」で私にこの夫をあてがってくれたのだろう。

生まれも育ちも価値観も生きるペースも違う人間が二人して家族になるのだから、足並みがきっちりと揃う必要もないし、熱量も、育児への向き合い方も多少のばらつきはあるだろう。

ばらつきがあることが二人で育児をすることの強みなのである。

夫は夫のペースで、夫のやり方で、ちゃんとパパになろうとしてくれていた。バラバラは大変だが、ばらつきは味だ。
そうでなければ私たち二人が、何より子が息苦しくなってしまうではないか。

私は夫と育児をすることで夫をますます好きになった。
着替えでブチ切れの話から入ったこのコラムの読者は何を読まされているのかと思うだろうが、今では赤子と同じくらい夫が好きだ。

絵本を読む赤ちゃん

育児に関しては、一つ後悔がある。

「ママバッグ」と呼ばれるものは、妊娠中にフェミニンなものが欲しくなって購入したが、リボンやらフリルやらがついていたせいで、夫が持つと「フリフリおじさん」が出来上がった。

夫も使いづらかったらしく「俺は俺で買うよ」とトラックのホロでできたごつめのバッグを買っていた。

おかげで我が家にはパパバッグとママバッグの2つが存在するが、今思えば、どうせなら最初から2人で使えるペアレンツバッグを買えばよかった。

育児グッズに関しても私が自分で選んで決めたが、バッグを最初から二人で使うものという前提で選んでいれば、 夫ももっと、育児の準備の段階からコミットできただろうし、私も少しは気楽に構えられたかもしれない。

冷静に考えれば、家族を営むという行為自体が、一つのカバンを二人で一緒に使うようなものだ。

ペアレンツバッグの中身を、これから来る未来のために二人で一緒に決めてゆくように、そこには「ママ専用」も「パパ専用」もなく、またそうしては、させては、いけないのである。

小野美由紀

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